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- 明治初期の刑事法思想
明治の初期には
日本の刑事法思想というのは、欧米の刑事法思想を学びながら徐々に近代化の流れの中で発展していきました。といっても、まったく何もない状態から学んでいったのではなく、儒教的な人道主義的刑事法思想の伝統の上に学んでいったものなのです。西欧近代の人道主義的刑事法思想を学びとりいれていくうえで、この日本の人道主義的伝統は円滑に受容する素地をしての役割を果たしていました。しかし、その一方で、この儒教的な人道主義的思想はその後の刑事法思想に権威主義的・家父長主義的色彩を帯びさせたという点が同時に存在します。
どの国の刑事法思想を取り入れていったのかについてですが、明治の初期ごろは、主にイギリス、フランスの刑事法思想が学ばれていました。1873年にフランスからボアソナードという人を招き、この人からフランス刑事法思想が日本の法律家に進展していったのです。
ボアソナードが伝えた思想は新古典主義と呼ばれるもので、刑法を正義と功利主義の双方から捉え、自由意思論、社会防衛論と応報刑主義、目的刑主義の折衷・調和を図る考え方です。簡単に言ってしまいますと、犯罪というのは正義道徳に反する行為を行った者に対する処罰であることから、社会的利益が生まれる行為であり、刑罰の持つ意義は応報による正義の実現と一般予防・特別予防なるという考え方です。
ボアソナードの指導のもと、日本の近代的刑事法制が確立し、弾劾主義と不告不利の原則の徹底、大審院の設置による司法部の独立、自由心証主義の採用と自白法定証拠主義の、拷問の廃止などが実現されました。ちなみに、現在の刑法と刑事訴訟法にあたる、旧刑法と、治罪法の両方点を起草したのもボアソナードなのです。日本の旧刑法と刑事司法では、特にフランスの刑事法思想を学んだ人たちによって支えられてきました。